コラム

公立中学校で「学校の”当たり前”をやめた」工藤勇一校長が行う教育改革のリアル

麹町中学校は、日本の中枢である永田町から最も近い公立中学校という事もあり、かつては政財界の重鎮の子弟が集まる学校として、公立中学校でありながら特別な存在だった。ひと昔前までは「番長麹町日比谷東大」というエリート街道を表す言葉があった事からも、いかに特別な存在だったのかが伺える。一時期は、私立一貫校にその座を譲る事になったものの、実は昨今、麹町中学校は教育改革を語る上で外せない存在となっている。

2014年、麹町中学校の校長に就任した工藤勇一校長は「宿題なし」、「固定担任制なし」、「中間・期末テスト廃止」というセンセーショナルな改革を元に学校の”当たり前”を壊していった。工藤校長の改革は数多くのメディアで取り上げられ話題を呼ぶと、学区を超えて越境入学を試みる保護者が急増した。

誰しもがその必要性を実感していながら、一向に変わらない日本の教育現場の改革を先導する公立中学校・麹町中学校校長・工藤勇一氏は、かつての名門中学校を、どのようにして復興させたのだろうか。

手段と目的の見直し

固定担任制の廃止、定期テストの廃止、宿題の廃止、これまで教育現場で「当たり前」とされてきた慣習を次々と改革していった工藤氏だが、工藤氏が改革は本来の「目的」を見極め、最適な「手段」を再構築することで改善を図るというプロセスに集約される。

工藤校長が就任した時、麹町中学校では宿題の量があまりに多く、生徒たちは宿題をこなす事自体が目的となっていたという。そのため工藤校長は「自立的に勉強する姿勢を養う」という目的のために、宿題を段階的に廃止し、生徒が主体的に勉強する仕組みつくりに注力した。服装に関しても、飾りだけの”教育目標”が絶対的なものになっていたため、PTAも巻き込んでディスカッションを繰り返す事で、廃止するに至った。

他者意識


「みんな仲良く」と教室に掲げても子供たちは仲良くなりません。他者意識のない作文。
目的意識のない行事すべて、やめませんか。」

工藤校長は、書く指導を通じて読み手が何に興味があるのか、どのような順序で話せば理解してもらえるかという、他者意識を持つ事の重要性を説く。麹町中学校では、作文のみならず、学級新聞や修学旅行記、掲示物ひとつひとつに関して、コミュニケーションをとる時は、相手を想像しながら構成を考える事を訓練する。

ポスターを作る際にも、プロのカメラマンを招致して、見る人の興味を引き立てる魅力的な写真を撮るための具体的なテクニック、「建物を撮る時は人を入れたほうが良い」「人物をとる時は目線の高さを合わせた方がよい」といった具体的な指導する事もある。

「作文は読み手を想像しながら、文章の構成や書き出しを工夫して、読んでくれる人の興味関心を喚起しようとするものです。そうして他社意識があってこそ、伝わる文章を書く事が出来ます。しかし、子供たちは作文を書く際に、他社意識を持つ事が少ないと思います。何を意識しているかというと、担任に褒められること、評価される事、あるいは怒られない事です。もしこのような意識で書かれているとすれば、将来、文章を書き、考えを伝える能力が身につく事にはつながりません。」

実際、工藤校長が作るスライドには文字がほとんどない。写真や画像を多用して、”語り”で行間を補完していくビジュアル重視のスタイルは、アメリカ大手IT企業の役員プレゼンから影響を受けたのだという。外部を巻き込むいわゆる「オープンイノベーション」の発想だ。

「これからの社会でどのような資質・能力が求められるのか、それを踏まえて、どういっ
た学び方がよいのかを選ぶ事が重要です。」

外部との積極的なタイアップ

工藤校長は、社会と学校教育の溝を埋め、社会とシームレスはカリキュラムを作る事も重視しており、これまで学校外部の様々な分野の人達や組織とタイアップを組む事で教育改革を行ってきた。

そのため麹町中学校では、学校外と関わる様々なプログラムが用意されている。その一つが教育と探求社の主催する「クエストエデュケーション」への参加だ。クエストエデュケーションでは、生徒は1年間企業でインターンを経験する。インターン先にはドコモやクレディセゾンと言った大企業が参加し、企業から出された課題に対して生徒各自がオリジナル企画を考えて、プレゼンテーションを行うのだ。

また、麹町中学校は、三年前から、旅行会社とタイアップして企画型の取材旅行という名の修学旅行を行っている。生徒は旅行会社の社員になったという想定で、ツアー企画を旅行会社と共に考案し、2泊3日取材旅行という位置づけで実地するというものだ。

2018年にツアー企画大賞に選ばれたのは「一休み抹茶」という企画。「抹茶」にスポットを当てて観光地の周囲で楽しめる抹茶処を紹介するという企画だった。また、ドラマやCMに出てくるロケ地を回るという企画も生まれた。それまで、漠然と行われてきた修学旅行だったものが、生徒たちが自発的にアイディアを出し合い実践するという有意義なものになったという。

そんな麹町中学校は、課外活動も一味違う。工藤校長が就任した当初は、生徒の部活動への参加率は低く、最新の設備を備えた校舎の各設備も放課後は閑散としていたという。そこで工藤校長は、「ロールモデルと出会う麹中アフタースクール」という枠組みで放課後の課外活動を再構築した。アフタースクールでは麹町中学校出身で、教育に関心を持ち、その分野の第一線で活躍するエンジニア、アナウンサーや有名大学の大学生を招致して外部指導員として課外授業を行う。アフタースクールでは、有名大学の大学生が主要教科の課外授業を行うほか、プログラミングサークルや演劇サークルといったものも充実しており、プログラミングサークルには第一線で活躍するエンジニアを、茶道サークルには裏千家の講師を招致するという力の入れようだ。

生徒が多くの大人と関わりを持ち、各分野の第一線で活躍する専門家から直接学ぶ事で、自身のロールモデルを見つける事が狙いのアフタースクールだが、この経験をもとに自分の将来像を描き、人生の目標を見出す生徒もいるという。

どのように合意形成を図ったのか

しかし、工藤校長は、どのような対立をどのように解決していったのだろう。このような大胆でセンセーショナルな改革を進めてきた工藤校長だが、教職員や保護者の反発はどのように対処してきたのだろう。

就任後、解決すべき課題を200個リストアップして改革に取り掛かった工藤校長は、自身で改革を推し進めたわけではなく、教員たちと共同でひとつひとつ取り組んでいったという。

「もし課題が相反した場合も、生徒たちにとって何がよい事なのか、学校はなんのためにあるのか、という上位目的を私が示し、教員同士で対話を深める形で解決にむけて合意形成を図っていきました。」


工藤校長は、意見の対立があるのは当然の事として、より上位の目標に向けて合意形成を
とる事が大切さを強調する。意見の相違や対立が生じても、それを避けるのではなく、
社会のなかでよりよく生きていけるようにする」、「自ら考え、自ら判断し、自ら決定し
、自ら行動する資質、自律する力を身につけさせる」
という学校の最上位の目標に立ち返
る事で、解決の道筋を見出すのだという。


工藤校長は、教員だけではなく保護者達にもこのアプローチで合意形成を図ってきた。麹
町中学校の保護者たちからなる学校運営協議会を組織し、保護者の声が直接、学校経営に
反映されるようにする事で、保護者も学校経営の主体者として参画してもらうように仕組
みを作ったという。

新しい時代の学校教育のカタチ

これからの学校教育は、どのようなモノになるのだろう。多くの人が既存の教育制度に対して漠然とした不安を持っているものの、具体的な解決策やアプロ―チを見出せないのかもしれない。麹町中学校の改革は、麹町中学校だから出来たものなのだろうか、それとも今後、日本全国に波及し、日本の教育を変える起点となるのだろうか。


工藤校長は、自身の著書”学校の「当たり前」をやめた”(時事通信社)の中でこんな想いを記している。

「学校が変わるために、今、何が必要なのでしょうか。それは、教育の本質を取り戻す事です。あるいは、昔の学校を思い出す事です。何のために学校がるのか、作られた制度ので考えるのではなく、生徒、保護者、教員が最上位の目的を忘れず、ふれずに、ゼロベースで積み上げていく事です。それは計り知れない事ではなく、身近な課題を解決するにあたって、対話を重視し、合意形成する経験によって達成し、その後の人生で何度も繰り返し経験する事です。」

ひとえに教育改革といっても、ひとつの正解はないだろう。しかし、教員以外の職歴のない工藤校長が公立の中学校で、ここまで大々的な改革を行った事は、これからの時代の教育を考える上で、重要なマイルストーンとして世に残るだろう。

工藤校長は、同著書の中で、この改革は、麹町中学校だから出来たと思われたくはないと語る。形の違いはあれど、麹町中学校のような改革の熱気が日本全国の義務教育の現場に広がる日がいつか来るのだとしたら、工藤校長の挑戦は、まだ始まったばかりなのかもしれない。